アンリ・フォシヨンとともにロマネスク彫刻を巡る ー その3 ロマネスクにおける形姿像の変形

Auvergne /Neuilly en Donjon タンパン

Auvergne /Neuilly en Donjon タンパン

異様な彫刻群の出現

ロマネスクの教会堂では建築の構成部分が浮彫で装飾され、人像等の形姿像が彫り込まれました。
その際、独特の変形が形姿像に加えられ、それによりロマネスクを特徴づける特異な彫刻群が生まれました。

ギリシア・ローマにおいても、神々や怪物、人間と動植物の合成像などさまざまな空想上の形姿像が作られましたが、いずれも変形を加えるについては、人体比例を崩すことなく、自然に感じられることが前提とされました。

これに反し、ロマネスクにおける変形は、「本当らしさ」という観念とは無縁で、「気のむくままに引き伸ばされあるいは短縮された」としか思われない異形の人像がためらいもなく教会堂を飾ります。

そして、このことが、後の時代からロマネスク芸術は野蛮で未熟な芸術であるとの不名誉な評価を受ける理由となりました。

「ロマネスク彫刻」第8章「変身」で、フォシヨンは、変形された人像等の形姿像が教会堂にあふれるに至った理由、更に形姿像の変形に内在する特徴について考察し、ロマネスク彫刻が有する高度な芸術性に光をあててていきます。

ロマネスク彫刻の変形の類型

長すぎる胴体と小さすぎる頭部

大きすぎる頭部と短かすぎる胴体

 

長すぎる胴体と小さすぎる頭部、短かすぎる胴体と大きすぎる頭部ーーーロマネスクの彫刻において、人体比例が異常なこれらの人像が登場したことについては、さまざまな説明がなされてきました。

長躯の型はブルゴーニュ地方、短躯の型はオーヴェルニュ地方に分布するとして地域的、人種的理由を根拠とする説、異常な人体表現がなされた壁画や写本挿絵を探し出し、それらの模倣により生じたとする説などが試みられましたが、2つの型が同一地域や

同一建造物に混在して見られることから、いずれも納得のいく説明とはなり得ませんでした。

フォシヨンは、長躯の型の人像はタンパンや中央柱、側柱に、短躯の型の人像は楣と柱頭に配されていることに着目します。

中央柱や側柱の縦長の枠内においては、与えられた空間を占有すべく、人像は身体を引き伸ばした形となる。
半円形壁面であるタンパンでは、とり囲むアーキボルトとの境界線に従って、順次段階づけられて配置され、中央付近では充填しなければならない空間の寸法に応じて引き伸ばされれる。
一方、水平に長い帯状の楣においては、人体の比例は短縮され、頭部も大きい。
柱頭においては殆どが短躯の人物で占められている。


柱頭における形姿像の変形

柱頭に登場する人物は殆どが短躯の人物で占められています。

クリュニーの擬人像の柱頭にみられるような正常な人体比例の人物は例外で、クリュニーと同様に楕円形のメダイヨンに包まれながらも、ヴェズレーのダニエルは巨大な頭部をもつ短躯の人物として登場します。

既にみたように、柱頭においては、コリント式柱頭で追及された機能美(角の渦巻き飾り、正面中央の円環飾り、水平環状飾り、稜線等)を意識して形姿像が配置され、柱頭の秩序が構成されました。

柱頭の狭く特殊な形体の空間の中で、人体の頭部が柱頭の角の「渦巻き飾り」や正面中央の「円環飾り」の代用となる場合、大きすぎる頭部と短かすぎる胴体の人物が登場するのは必然となります。

フォシヨンは、「ロマネスクの彫刻は、独立した諸形体の生命のためにではなく、モニュメンタルな秩序の要請のために形姿像を生み出す」とし、「人像の基準は人間の尺度ではなく、空間の尺度によって決定されている」ことが、異様な人像を生み出した理由であると説明します。

 

 「牽引の法則」

さまざまな形体をした建築の構成部分に、大きな余白を作ることなく人像等の形姿像を彫り込もうとした場合、パネルを張り付けたり、建築空間を区分することがまず考えられます。
縦長の中央柱や側柱、水平に長い帯状の楣、半円形壁面のタンパンでも、この方法によれば土台の形体に拘束されることなく、パネルや分割された空間の中に自然な形の形姿像を自由に配置することができます。

フォシヨンはこのような方法を「フリーズの芸術」と名付けました。

いつの時代でも、ロマネスクの彫刻においても、「フリーズの芸術」は建築の構成部分に形姿像を彫り込む簡便な方法でした。

しかし、ギリシア・ローマ的伝統を離れ、ケルト・ゲルマンの造形原理の洗礼を受けたロマネスクにおいては、人体比例に対する執着はなくなっており、形姿像を取り込むために「フリーズの芸術」を採用する必要性は減少しました。

余白を作ることなく人像等の形姿像を彫り込むために新たに試みられたのは、形姿像を変形して形姿像と建築空間の枠との接触を保つことにより、建築空間を充填するという方法でした。

フォシヨンは、形姿像を建築空間に従属し適合させるというロマネスク彫刻の特徴を「枠組みの法則」と名付けましたが、それとともに、形姿像と建築空間の枠との接触を保つことで建築空間を充填させる「牽引の法則」とも呼びうる特徴がロマネスク彫刻にあるとします。

建築空間を空白を残さないように形姿像や文様で充填するという造形手法については「空間恐怖」という概念でとらえられてきました。
「空間恐怖」と「牽引の法則」との関係について、フォシヨンは、建築空間を充填するという同一の意図があるとはいえ、「牽引の法則」は形姿像と建築空間の枠との牽引関係が主題となるものであり、両者は全く異なる原理であるとします(「ロマネスク彫刻」9章、211ページ)。

そして、形姿像と建築空間の枠との接触を保つというこの法則が、ロマネスク彫刻特有の異形の人像を作り出すとともに、独特の運動の表現を生み出すことになったといいます。

「ロマネスク彫刻は、何よりもまず動きである。・・・・・ロマネスク美術は、怪物の美術であるばかりでなく、軽業師の美術でもある。形体の異常性に並んで姿態の異常性が注目される。・・・・・あたかも彫刻家は、一種の隠された狂乱と彼の夢想の大胆さを、人間に課そうと欲したかのようである。」

フォシヨンは更にロマネスク彫刻を特徴づける運動の研究に論を展開していきます。