エミール・マールと巡るロマネスク美術 - その4 ロマネスク図像の複合性

前回はロマネスクにおける彫刻の復活と写本挿絵が果たした役割について見てきましたが、第4回は、「12世紀フランスの宗教芸術―中世の図像の起源に関する研究」の第2章をガイドに、マールが取り上げたその具体的内容について見ていきましょう。

 

写本挿絵の借用によるロマネスク図像の複合性

神の国として石造の教会堂を建設するにあたり、これを一層崇高なものとし、かつ「眼で見る聖書」として聖書の場面を図解するために、12世紀のロマネスクの彫刻家たちには、教会堂に施すさまざまな彫刻の制作が求められました。
そして、彼らは、宗教的主題の形式と構成の仕方について、当時入手可能な写本の挿絵を再現することから始めました。

これらの写本の殆どは現存しませんが、当時存在した写本は、オリエントからもたらされた初期キリスト教時代にさかのぼるもの、ビザンチン時代、カロリング時代等さまざまな時代や地域に起源をもつものがあり、加えて模写の繰り返しにより変形されてしまったものもあり、極めて多種多様であったはずです。

このため、ロマネスクの図像は、これら多種多様な写本を基礎に持つことから、混乱や矛盾に満ちたものとなったとマールはいいます。

その典型例としてマールが取り上げるのは、トゥールーズのサン・セルナンで見ることのできるキリストの表現で、内陣で玉座に着くキリストは髭のない若者の姿で彫られているにもかかわらず、南扉口タンパンの「昇天」のキリストには縮れた髭が刻まれており、制作年代のわずかな違いにもかかわらず、同じキリストの容貌が全く異なる方法で表現されていることを指摘します。

また、「受胎告知」についても、アルルのサン・トロフィームの回廊柱頭彫刻では聖母は座った姿で天使の言葉を聞いていますが、ラ・シャリテ・シュル・ロアールのタンパンでは聖母は立ち上がっています。

こうした表現の違いは、同一主題について異なる表現をする複数の写本挿絵が存在したことを物語るものです。

マールは、4世紀から6世紀にかけて「ヘレニズム型」と「シリア型」の二つのキリスト教芸術が存在しており、二つの芸術は独自の性格、定型、伝統をもって発展し、その後接近し融合していったが、12世紀に至っても固有の表情を保ち続けており、そのことがロマネスク図像の複合性をもたらしたとしています。

「ヘレニズム型」のキリスト教芸術

「ヘレニズム型」のキリスト教芸術は、オリエントのギリシア的大都市であるアレキサンドリア、アンティオキア、エフェソス等のキリスト教徒により死者の魂のための葬礼芸術として生まれ、古代ギリシアとキリスト教の精神が融合したものであるとしています。
迫害の時代にはカタコンベの壁画として存続し、キリスト教公認後はローマやアルルのキリスト教徒の石棺に彫られた旧約、新約の聖書を主題とする説話的な作品に見ることができます。

「ヘレニズム型」のキリスト教芸術は、キリストを髭のない青春期にある若者として表現したことにみられるとおり、光と美に満ちた古代ギリシアの精神を承継するものといえます。

Toulouse / St.Sernin  内陣のキリスト像

Toulouse / St.Sernin  内陣のキリスト像

「シリア型」のキリスト教芸術

一方、エルサレム周辺では、キリスト教を公認したコンスタンティヌス帝(在位306~337)以降、福音書の重要な舞台なった聖地に壮大な建造物が建設され、巡礼者が押し寄せるようになりましたが、これらの建物の内部には福音書の場面がモザイクで描かれていました。

これらのモザイクは現存しませんが、その内容については、600年頃に巡礼者が持ち帰り、ミラノ近郊のモンツァ大聖堂等に保存されている銀製の香油瓶(「モンツァの香油瓶」)で窺い知ることができます。

モンツァの香油瓶には、エルサレム周辺の聖地のモザイクにあった「受胎告知」、「御訪問」、「降誕」、「マギの礼拝」、「キリストの洗礼」、「墓における聖女たち」、「昇天」、「聖霊降臨」等の福音書の諸場面が浅浮彫で再現されており、「シリア型」というべき初期のキリスト教芸術を今に伝える重要な資料となっています。

マールは、「シリア型」は福音書の舞台となったまさにその場所で生まれたもので、キリストを黒い髭をたくわえ長い髪をした典型的な壮年のシリア人として表現しているように、現実味や地方色を帯びたものとなっているとしています。

Prunet et Belpuig「キリスト像」

Prunet et Belpuig 十字架上のキリスト像

ロマネスクの芸術と写本挿絵(「ヘレニズム型」と「シリア型」)との影響関係

「シリア型」と「ヘレニズム型」は極めて対照的なものでしたが、6世紀頃には双方が混じり合うようになります。

「シリア型」は、「ヘレニズム型」には見られない壮大さと神秘性を持ち、加えて、公会議によって定められたキリストの生涯を現実味をもって表わすものであったことから、「ヘレニズム型」を凌駕するに至ります。
しかし、ヘレニズム的伝統も長く存続し、12世紀のロマネスクの図像の中にもその姿を見ることができます。

マールは、12世紀フランスのロマネスク芸術に表現された福音書の重要な場面を検討し、「ヘレニズム型」と「シリア型」の写本挿絵との影響関係を明らかにしていきます。
(なお、これら写本挿絵の詳細についてはマールの著作を参照してください。)

 

受胎告知

(ヘレニズム型)
聖母は坐って身じろぎもせずにお告げをきいており、課せられた重大な使命の重みを一身に受け止めているように見える。また、聖母は紡ぎ棒を手に持ったり、手から落としたりする姿で表現されることがある。

リヨンのサン・マルタン・デネーの柱頭彫刻、アルルのサン・トロフィームの扉口彫刻 

(シリア型)
聖母は立ち上がりながらお告げをきいており、告知に対する能動的な意志を表明しているように見える。

トゥールーズ、オーギュスタン美術館の彫刻、シャルトルのステンドグラス 

御訪問

(ヘレニズム型)
マリアとエリザベスが厳かな表情で互いに向き合って立っており、慎み深い表現となっている。

モアサックの扉口彫刻、ヴェズレー右扉口のタンパン彫刻、シャルトルのステンドグラス

(シリア型)
マリアとエリザベスが互いに抱き合っており、情熱的、劇的な激しい表現となっている。

アルル回廊の柱頭彫刻、 サン・ガブリエルの扉口彫刻

降誕

(ヘレニズム型)
聖母は苦痛なく出産を終えて穏やかに坐っている(この構図は中世フランスでは見られない)。 

(シリア型)
牡牛と驢馬の間の飼葉桶に幼子が横たわり、聖母が疲れ果てた様子で藁布団に横たわり、ヨセフが顔に手を当て思いにふけりながら坐っている、との場面が構成される。これに幼子を洗う産婆や羊飼いが配されることがある。

ヴェズレー右扉口のタンパン彫刻、アルル回廊の柱頭彫刻、ブリネーの壁画

マギの礼拝

(ヘレニズム型)
ひざの上に幼子を抱いた聖母が自然な姿で横向きに坐り、マギと対面する。

モアサックの扉口彫刻、ヌイイ・アン・ドンジョンのタンパン彫刻、アンズィ・ル・デュック のタンパン彫刻、ラ・シャリテ・シュル・ロアールの楣石彫刻

(シリア型)
ひざの上に幼子を抱いた聖母が威厳ある姿で正面を向いて坐り、マギに視線を向けてはいない。

ブールジュの北扉口タンパン、サン・ジル左扉口のタンパン彫刻

キリストの洗礼

(ヘレニズム型)
ヨハネから洗礼を受ける裸のキリストは子供のような容貌をしており、洗礼の秘跡を象徴的に表現している(この構図は中世フランスでは見られない)。

(シリア型)
釣鐘状に表現された川の中に裸体を両手で覆ったキリストが立ち、左からヨハネが洗礼を施し、右に両手をヴェールで覆った1人の天使が立ち会っている。

クレルモン・フェランのノートルダム・デュ・ポールの楣石彫刻、シャルトルのステンドグラス、ブリネーの壁画

エルサレム入場

(ヘレニズム型)
キリストは驢馬にまたがって進み、その足元にマントを敷く若者、木に登って枝を切っている若者がいるのが基本構成である。

サン・ジルの楣石彫刻、アルルの回廊の柱頭彫刻、シャルトル西正面の柱頭彫刻、ヴィックの壁画

(シリア型)
キリストはオリエントの習慣に従い驢馬の上に坐った姿で表わされる。

サン・ブノア・シュル・ロアールの柱頭彫刻 

弟子の足を洗う

(ヘレニズム型)  
たらいを前にして、高座に腰掛けたペトロが困惑した様子で足を差し出し、キリストは、髭のない若者の姿で表され、身をかがめることなく、前掛けを両手で持って立っている(この構図は中世フランスでは見られない)。

 (シリア型)  
ペトロが坐ってたらいの水の中に足を浸け、キリストは身をかがめてペトロの足を洗っている。さらに、ペトロは頭に手をやり、ヨハネ福音書にある「手も頭も」と言っているような表現をみせる。

セル・シュル・シェールのフリーズ彫刻、シャルトルのステンドグラス、サン・ジルの楣石彫刻   

磔刑

(ヘレニズム型)  
磔刑の最古の作品と思われるものは大英博物館に収められている5世紀末の象牙 彫刻で、十字架上のキリストは長髪で髭がなく、細い下帯をつけただけの裸体で表わされている(この構図は中世フランスでは見られない)。

(シリア型)  
シリア型の原型は「モンツァの香油瓶」で窺い知ることができ、キリストはシリアの伝統に従い髭を生やし、裸体ではなく足までの長いテュニックを着た姿で表わされている(マールは、ギリシャ人にとって親しいものであった裸体は、シリア人にとっては不快感を与えるものだったからであろうとする)。キリストの両脇に十字架にかけられた二人の盗賊や、聖母と槍持ち、ヨハネと海綿持ちが配され、ゴルゴタの丘の処刑 の場面が写実的に表現される。    

11世紀から12世紀末にかけて、テュニックを着たキリストの表現は存続したが(ピレネーの木彫りのキリスト像)、やがて「ヘレニズム型」の裸体の表現を取り入れた混合型が支配的となり(シャンパーニュサン・ポン)、「髭を生やした裸体の死せるキリスト」が中世の磔刑図の定型となる(シャルトルのステンドグラス)。
      

復活

(ヘレニズム型)  
古代風の墳墓に数人の墓の番兵が眠っており、翼のない若者の天使が3人の聖女たちにキリストの復活を告げている。

モザの柱頭彫刻

(シリア型)  
キリストの墓を覆う天蓋を中心にして、2人の聖女たち(前に立つ聖女は吊り香炉を 持っている)に、天使がキリストの復活を告げている(原型はモンツァの香油瓶に見られる)。

昇天

(ヘレニズム型)  
山の頂に達しようとするキリストを雲の中から出た神の手が引き上げようとしており、弟子たちが驚きの表情で見上げている。その後、山を登る姿、神の手はなくなり、横向きで神の手を求めて両腕を差し出すキリストを、2人の天使が支えるとの構図が現われる。

トゥールーズのサン・セルナンのタンパン彫刻、レオンのサン・イシドロのタンパン彫刻 

(シリア型)  
4人の天使に支えられた光背の中央で玉座に坐ったキリストが左手に書物を持ち右手を挙げた姿で天空に現われ、地上では、両手を広げた姿の聖母を中心に使徒たちが左右対称に並んでいる(原型はモンツァの香油瓶に見られる)。    

玉座に坐るキリストの構図はビザンティンの写本挿絵では主流となったが、ロマネスクではほとんど見られない。

アンズィ・ル・デュックのタンパン彫刻(光背を支える天使は2人となっている)

昇天のキリストが2人の天使に支えられた光背の中に立ち姿で表現される構図があり、これがロマネスクの主流となる。

モンソー・レトアールのタンパン彫刻(地上の中心に翼のない2人の天使が立ち使徒たちに語り かけ、聖母は使徒たちの中に紛れ込んでいる)、カオールのタンパン彫刻(地上の天使は消え、光背を支える2人の天使が使徒たちに語りかけている)、モーリアックのタンパン彫刻 

オリエントの図像を超えるロマネスクの創造

以上のように、12世紀フランスのロマネスクで見られる図像の源泉が、ヘレニズムとシリアに象徴されるオリエントにあることをマールは明らかにしました(なお、ロマネスクに先行してビザンティン芸術が花開き、ロマネスクがその芸術も承継していることについてマールは言及していますが、ここでは省略します)。

次いで、マールは、「挿絵を介して彼らが過去から受け取ったものばかりではなく、彼ら自身が創り出したものもまた見てとることができる」、「思想、典礼、演劇、聖人崇拝、巡礼、異端との戦い、修道士の学識や夢などが、12世紀の図像の上にそれぞれの刻印を残している」として、ロマネスクの芸術家たちの創造の試みを探求していきます。