Fontenay 身廊

Fontenay 身廊

クリュ二―会とシトー会

10世紀から12世紀にかけて西ヨーロッパで修道院の改革運動が展開されますが、その中心にクリュ二―会とシトー会の二つの大きな修道会があります。

クリュ二―会とロマネスク美術

Cluny  大聖堂の模型

Cluny 大聖堂の模型

クリュ二―会は、909年頃にフランス、ブルゴーニュ地方のクリュ二―に創建されたクリュ二―修道院に拠り、聖職売買や聖職者の妻帯等の腐敗、堕落に対し、ヨーロッパの修道院制度を創設した聖ベネディクトゥス(480頃~543頃)の教えに回帰し本来の信仰の回復を目指しました。
清貧、純潔、服従を旨とする「ベネディクト会則」の厳格な遵守とともに、典礼を重視し、美は天国を予感させるものとして、華麗な儀式や彫刻等で豊かに装飾された修道院の構築を積極的に肯定しました。
その影響力は大きく、クリュニー修道会は多数の修道院を傘下に持つ巨大なネットワークを組織し、多くの寄進を受けるとともに、ロマネスク美術の発展、拡大をもたらしました。

ロマネスク美術を担ったのは、クリュニー大修道院から始まりモアッサックヴェズレーオータンコンク等、いずれもクリュニー会の系列もしくはその影響下にある修道院、教会堂でした。

しかし、クリュ二―会もやがて巨大化、権威化し、本来の質素な修道院の理念から乖離することとなったため、シトー会の新たな改革運動が始まります。

1098年クリュニーに近いシトーの荒野に建てられた修道院で、再度「ベネディクトゥス会則」の精神に立ち返ることを目指しシトー会が立ち上がります。

シトー会の修道院建築

シトー会では、クレルヴー修道院の修道院長をつとめた聖ベルナール(1115~1153まで)により、クリュニー会が積極的に肯定した豪華さや贅沢な装飾を排し、彫刻等の利用を一切禁止するとの徹底した清貧主義に基づく規範が作られました。この規範に従い、シトー会の修道院は同一の原理に基づいて建てられました。
建造された修道院で現存する最古のものは1118年に起工されたフォントネー修道院で、その建築はシトー会の系列にある修道院建築のモデルとなり、1981年には世界遺産に登録されています。

フォントネー修道院

ルイ・ブレイエ「ロマネスク美術」(美術出版社刊)では、フォントネー修道院の特徴が次のように記されています。

シトー派建築は極端に単純であることが要求され、建築装飾は最小限にとどめられた。

フォントネー修道院の回廊は、刳形装飾のないアーチからなるギャラリーにかこまれている。
各アーチはさらに小さな二個のアーチをふくみ、丈の低い円柱がそれを支えている。
柱頭は、コルベイユ型にざっと石塊を截り出しただけの単純なものである。
しかし、壁面の石材はみごとに調整されており、このような厳しい形態の中から一種の優美な風格が浮かびあがってくる。

Fontenay 回廊

Fontenay 回廊

教会堂はすべて同一の原理に基づいて建てられている。
容易に建築しうる単純なプラン、高塔の代わりをするアーケード式の鐘楼、あらゆる彫刻装飾の廃止、組紐紋を描くグリザイユ(茶灰色の色付け)によるステンド・グラスなどが、その主な特徴である。

Fontenay ステンド・グラス

Fontenay ステンド・グラス

しばしば模倣されることの多かったモデルというべきフォントネーの教会堂は、横断アーチつきの尖頭筒形穹窿におおわれた身廊をもつ。この身廊には窓がない。
横断アーチは、側廊アーケードの高さに達する半円柱によって支えられている。
また側廊アーケードのアーチは、方形の柱にそえられたつけ柱の冠板にかかっている。

Fontenay  身廊

Fontenay 身廊

側廊は、むしろ方形プランの小さな祭室から構成されているというべきで、これらの祭室の半円筒穹窿は、身廊の穹窿とは反対の方向に架けられている。

Fontenay 側廊

Fontenay 側廊

翼廊は、ラテン十字形を型どって左右に長く張り出し、内陣と同様東をむいた二個の方形の祭室が加えられている。

Fontenay 翼廊

Fontenay 翼廊

内陣はごくわずか前方に張り出しているだけで、その先端は平らな壁面で終わっている。
身廊部は東側(頭部)の壁面に設けられた窓によってのみ採光されている。

Fontenay 内陣

Fontenay 内陣

縦断面は非常に単純で、柱頭には全然装飾がほどこされていない。
この建物の美しさは、もっぱらその線の描き出す純粋な効果と、截石法の巧みさによるものといえよう。

フォントネーの聖堂の中に立つと、単色の石材の反映が空間を聖なる光で満たすようです。

プロヴァンスの3姉妹

現存するシトー会の修道院建築として、フォントネー修道院のほかフランス、プロヴァンス地方に「プロヴァンスの3姉妹」と称される3つの修道院があります。

セナンクシルヴァカンヌル・トロネ、いずれも12世紀後半にシトー会の規範に基づき建てられた修道院で、一切の装飾を排した建築の極北ともいうべき潔さは時代を超越し、近代建築の巨匠であるル・コルビュジェにも影響を与えたとされています。

クリュ二―会とシトー会、二つの大きな修道会が有した対照的な美の思想が、ロマネスクの豊潤な美を生み出したということができます。